2010年05月22日

☆☆☆☆ 「「甘え」と日本人」土居健郎 斎藤孝

「甘え」に相当する言葉が、英語にはないそうです。言葉がないってことは、そういう考え方がない、ということ。その日本独自の考え方である「甘え」について、書かれたのが本書。

本書の構成は以下のとおり
はじめに「甘え」という技‐斎藤孝 
 1. 現代に広がる人間関係の病‐土居健郎
 2. 「甘え」を喪失した時代‐土居健郎
 3. 自然な「甘え」が生命力を育む‐土居健郎 斎藤孝
 4. 子どものカラダは崩れている‐斎藤孝
 5. 「甘え」が生み出す身体感覚‐土居健郎 斎藤孝
 6. 読書がつくる人間関係の理想‐土居健郎 斎藤孝
終章 日本人は「甘え」を失ったか


「甘え」というとネガティブなイメージがあるかもしれないが、そうではないんだな。
甘えはいわば一つの技だ。使うタイミングや加減が肝心になる。(以下、省略)
甘えという技は、実は素朴なものというよりは高度な判断力に基づいているものだとも言える。

甘えというフィルターを通して、人間関係を観察してみるのも面白い。甘えの有段者から、技を盗むのも良いな。

外国の概念を持ってきて整理しようとして、理性がどうとか、理性と感情の区別と言われても、百年間もそういう言葉を使ってきているのに、まだ我々のところにはしっくり合ってこないんですね。ただ、「甘え」となるとこれは相当古い大和言葉です。そういう言葉には肉体性というか身体性があって、それがずっと積み重なってきていますから、心の深いところとの接触の度合いが高いと思うんです。
(以下、省略)
「理性」という言葉は本当に体の感覚を呼び起こすことがないんですよね。けれども、「甘える」と言ったら、もうしなだれかかる体の傾き加減まで呼び起こされる。それが古くからある日本語の力だと思うんです。

こういう記述があるから、斎藤孝氏の著書を読んでます。古くからある日本語の力。人の心を揺さぶるためには、しっくりくる言葉で伝える必要がある。「古くからある日本語」このキーワードは使える!

今日は、高校野球部の友人の結婚式。早速、古くからの友人たちに、甘えてこようかな!



ラベル:斎藤孝 土居健郎
posted by J at 11:13| Comment(1) | TrackBack(1) | 日本人論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この前メキシコの単身駐在おじさんたちと飲んだ際、おやじギャグやおやじっぽい下ネタが飛び交っていた。結局、「みんな甘えたいですよねぇ、甘えてかまって欲しいからそういうどうしようもないことを言うんですよね。」という結論が出た。メキシコに来てから、孤独を感じるようになって、以前より、甘えたいって強く感じるなぁ。
Posted by at 2010年05月22日 22:28
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