2011年05月06日

☆☆☆  「おせっかい教育論」鷲田清一 釈徹宗 内田樹 平松邦夫

本書は、2009年10月1日、大阪中央公会堂において「ナカノシマ大学キックオフ記念セミナー」という名で行われた座談会をもとに、まとめたもの。
座談会のメンバーは、鷲田清一(大阪大学総長)、釈徹宗(浄土真宗本願寺派住職)、内田樹(神戸女学院大学教授)、平松邦夫(大阪市長)。内田先生の言葉に触れたくて、読んでみました。

構成は以下のとおり
はじめに 「おせっかい連鎖」のススメ 釈徹宗
第1夜 21世紀は街場で学べ
中入り 「期待」の中点 鷲田清一
第2夜 続・おせっかいな教育談義
締めくくり 「教育権の独立」について 内田樹
あとがき 平松邦夫


やっぱり、内田先生の言葉は響くなぁ
子供たちの中には「成熟」へ向かうプロセスが起動するスイッチがある。それはたしかにあるんです。でも、どのタイミングで、どういうきっかけでスイッチがオンになるのかは本当に分からないんですよ。
だから病気の治療と同じで、いろんなことをやってみるしかない。いろんな紐を引っ張ってみる。そのうちのどれかが当たって治った、と。「どれが効いたか分からないけれど、一応治ったからいいじゃないか」というのでいいと僕は思うんです。
子供の場合にも、いろんなことを投げかけてみる。そのどれかが「フック」して、何かのきっかけで子供が学び始める、何かのはずみで成熟の階段を上り出す。そうなれば、結果オーライでいいわけなんです。子供の多様性ということを考えれば、できるだけさまざまな動機付けを提供する方が確実なんです。

今日も、息子のいろんな紐を引っ張ってみようと思う。

「まなび」に対する鷲田先生のこの言葉も、しっくりきた。
そういう「まなび」がしばしばドラスティックに起こったのは、書物のなかでである。というかそういうドラスティックな出会いを求めて、いろんなジャンルの本をむさぼり読んだ。それまであたりまえとしてとくに問わなかったじぶんの思考の前提ががらがらと崩される、そういう瞬間を求めて。
(略)
内田樹さんがどこかで書いておられたと記憶するが、実在の、あるいは書物のなかのひととの出会いをきっかけに、それまでより「もっと見晴らしのよい場所に出る」ということが、「まなび」の意味だと、わたしもおもう。

僕も、コレが好きで、本を読んだり、多くの人と会っているんだな。見たことのない景色を見るまでのワクワク感。さて、今晩は、どんな本を読もうかな。

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posted by J at 12:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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