2012年12月01日

☆☆☆☆☆「続・悩む力」姜尚中著

久し振りに本を読みました。
読んだのは、話題になった「悩む力」の続編である本書。

構成は以下のとおり
【序 章】「幸福論」の終わり
「非常事態」を生きる/お金、愛情、健康、老後/幸福の合格基準/「平凡な幸せ」が「特権」に
【第一章】 漱石とウェーバーに何を学ぶか
先駆者たち/ 平成のお延代助/「精神のない専門人」と「心情のない享楽人」/神も仏もねえべ/「貴族の幸せ」と「自由競争の幸せ」/貧しき者は幸いなるかな/もうアヘンはきかない
【第二章】 どうしてこんなに孤独なのか
すべて自意識の悲劇/「一等国」イギリスの不幸/自由の「淋しみ」/ウィリアム・ジェイムズ/ヴィクトール・フランクル/「悩む人」は現象学的?/門の下に立ち竦む
【第三章】 五つの「悩みのタネ」とは何か
夢も希望もない?/ 模範となるべき者は一人もなし/「お金」-悩みのタネ(1)/「愛」-悩みのタネ(2)/「家族」-悩みのタネ(3)/「自我の突出」-悩みのタネ(4)/「世界への絶望」-悩みのタネ(5)
【第四章】 漱石の予言は当たったか
逸脱資本主義/匿名の群衆/直接アクセス型社会/公共領域の消失/柔らかい全体主義
【第五章】 ホンモノはどこにあるか
ベスト・ワンではなくオンリー・ワン/「自己啓発」の文化/一九〇〇年のホンモノ探し/一九六八年のホンモノ探し/二〇一二年のホンモノ探し/己を忘るるべし
【第六章】 私たちはやり直せるか
敗戦のときより憂鬱/すこしも役には立ちませんてな/心やさしい科学の子/それぞれの二度生まれ/鳶色の空気の奥にも
【第七章】 神は妄想であるか
人生なんて無意味か?/信じられるものを求めて/無宗教&無党派/神は妄想であるか?/帰る家がない!/個人的な共鳴/「まじめ」に共鳴する
【第八章】 生きる根拠を見出せるか
運命は受け入れよ、人為は乗り越えよ/三つのおかしな商品/「予言者」シューマッハー/小さいものは美しい/人間の「生き作り」/吾輩は過去である/かけがえのないあなた
【終 章】 それが最後の一日でも、幸せは必ず掴み取れる
人間の三つの価値/イワン・イリイチの死/「何をやるか」より「どうやるか」/愛は丸ごと受け入れよ/人生が投げかける「問い」に応える/病気は継続中である/巨人たちの背中を見よ


最近、もやもやと考えていた事を、しっかりと受け止め整理してくれたスゴ本でした。

特に響いたのは「態度」について書かれてた以下の文章。
「3・11」でも、いかんともしがたい状況のなかで人の心を最も打ったのは、アクティブな活動よりも雄弁な言葉よりも、ただ祈り、運命を引き受ける「態度」だったと思います。
なぜなら「創造」や「体験」は、世の中が平常で、元気なときでなければ実現されることはありません。しかし、「態度」は、健やかなときも病めるときも、いついかなるときでも、想いさえあれば発揮することができるのです。
逆にいえば、だからこそ常に、真価が問われるものでもあります。(略)
態度による価値とは、この社会で日常的に問題にされている、成功か失敗か、効率か非効率か、有効か無効かといったものの彼岸にあり、また、資本主義社会の生産や交換価値とは対極の位置を占めているものです。

世界というものを、自分の力及ばざる「超意味」の存在として認識しつつ、なおかつそのなかで、自分の問われている役割について、一つ一つ責任をもって決断していくことです。これが「態度」ということであり、運命を唯々諾々と受け入れることではないのです。


特に、この「私たちが個人として生きていく場合の『態度』」を説明したこの文章は大事にしたい。
よい未来を求めていくというよりも、よい過去を積み重ねていく気持ちで生きていくこと。恐れる必要もなくひるむ必要もなく、ありのまま身の丈でよいということ。いまが苦しくてたまらなくて、つまらない人生だと思えても、いよいよ人生が終焉する一秒前まで、よい人生に転じる可能性があること。何もアクティブなことができなくても、何も創造できなくても、いまそこにいるだけで、あなたは十分あなたらしいということ。だからくたくたになるまで自分を探す必要などないということ。そして心が命じることを淡々と積み重ねてやっていれば、あとで振り返ったときには、おのずと十分に幸福な人生が達成されているはずだということ・・・・。


読書がある生活に戻さなきゃな・・・・。
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2011年12月11日

☆☆☆  「日本人へ 国家と歴史篇」塩野七生著

引き続き、塩野本。

構成は以下のとおり
1(後継人事について/葡萄酒三昧/『ローマ人の物語』を書き終えて/女には冷たいという非難に答えて/世界史が未履修と知って/遺跡と語る/『硫黄島からの手紙』を観て/戦争の本質/靖國に行ってきました/読者に助けられて/夏の夜のおしゃべり/安倍首相擁護論/美神のいる場所/歴史ことはじめー葡萄酒篇/歴史ことはじめーチーズ篇)
2(滞日三題噺/ブランド品には御注意を/バカになることの大切さ/ローマで成瀬を観る/夢の内閣・ローマ篇/夢の内閣)


あいかわらずの骨太で本質を突く文章。
今回、響いたのは以下。

政治とは、感性に訴えて獲得した票数、つまり権力を、理性に基づいて行使していくもの

「情実とロジック」、会社も一緒ですね。

日本人は、「戦略」と聴くと戦争と結びつけてしまうらしく、考えをめぐらせる前にアレルギーを起す人が多い。だが日本にも昔から、戦略的思考はあったのだ。「肉を斬らせて骨を斬る」くらい、ほんものの戦略はないのである。

なるほど。

うーん、久々に著者の本を読んだけど、響くなぁ〜。
年末用に買い溜めしとくかな。

日本人へ(国家と歴史篇)

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☆☆☆  「日本人へ リーダー篇」塩野七生著

先日、実家に呼び出された際、親父の本棚から持ってきた本。

構成は以下のとおり
1(イラク戦争を見ながら/アメリカではなくローマだったら/クールであることの勧め ほか)
2(想像力について/政治オンチの大国という困った存在/プロとアマのちがいについて ほか)
3(歴史認識の共有、について/問題の単純化という才能/拝啓小泉純一郎様 ほか)


歴史を描く著者の高い視点は、本質を突いている。
特に、響いたのは以下

危機の打開に妙薬はない。ということは、人を代えたとしても目ざましい効果は期待できないということである。やらねばならないことはわかっているのだから、当事者が誰になろうと、それをやりつづけるしかないのだ。「やる」ことよりも、「やりつづける」ことのほうが重要である。

足の引っ張り合いをして、人をとっかえひっかえしてる場合じゃないよね。

大義に関する一連の文章もイイ。
もしも、誰でも納得できる客観的な基準にもとづいた大義が存在するならば、人類はとうの昔に戦争という悪から解放されていたはずである。そうでないのは、もともとからして大義なるものが存在しないからなのだ。
いや、ある。だがそれが、当事者の双方ともが自分たちにはあると言えるところが、問題をややこしくしているのである。それは、大義とは、客観的ではなくて主観的である場合はなはだ多し、という性質をもつからだろう。
(略)
大義などはないのだ。といって、新秩序をつくる力はもっていない。この現実を見極めれば、やれることは限られてくる。他の国が大義と言おうが日本だけは心中でせせら笑い、それでいながら冷徹に国益を考え、その線で行動することだけである。

個人に置き換えてみても、味わい深い文章。

本書は、文藝春秋の2003年6月〜2006年9月までのエッセイをまとめたものだけど、読んでて古さを感じない骨太な文章でした。視野が高いので、普遍性があるんだな。

シリーズの途中で読むのを中断してしまった「ローマ人物語」も、少しずつ読み進めなきゃ・・。


日本人へ(リーダー篇)

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2010年05月22日

☆☆☆☆ 「「甘え」と日本人」土居健郎 斎藤孝

「甘え」に相当する言葉が、英語にはないそうです。言葉がないってことは、そういう考え方がない、ということ。その日本独自の考え方である「甘え」について、書かれたのが本書。

本書の構成は以下のとおり
はじめに「甘え」という技‐斎藤孝 
 1. 現代に広がる人間関係の病‐土居健郎
 2. 「甘え」を喪失した時代‐土居健郎
 3. 自然な「甘え」が生命力を育む‐土居健郎 斎藤孝
 4. 子どものカラダは崩れている‐斎藤孝
 5. 「甘え」が生み出す身体感覚‐土居健郎 斎藤孝
 6. 読書がつくる人間関係の理想‐土居健郎 斎藤孝
終章 日本人は「甘え」を失ったか


「甘え」というとネガティブなイメージがあるかもしれないが、そうではないんだな。
甘えはいわば一つの技だ。使うタイミングや加減が肝心になる。(以下、省略)
甘えという技は、実は素朴なものというよりは高度な判断力に基づいているものだとも言える。

甘えというフィルターを通して、人間関係を観察してみるのも面白い。甘えの有段者から、技を盗むのも良いな。

外国の概念を持ってきて整理しようとして、理性がどうとか、理性と感情の区別と言われても、百年間もそういう言葉を使ってきているのに、まだ我々のところにはしっくり合ってこないんですね。ただ、「甘え」となるとこれは相当古い大和言葉です。そういう言葉には肉体性というか身体性があって、それがずっと積み重なってきていますから、心の深いところとの接触の度合いが高いと思うんです。
(以下、省略)
「理性」という言葉は本当に体の感覚を呼び起こすことがないんですよね。けれども、「甘える」と言ったら、もうしなだれかかる体の傾き加減まで呼び起こされる。それが古くからある日本語の力だと思うんです。

こういう記述があるから、斎藤孝氏の著書を読んでます。古くからある日本語の力。人の心を揺さぶるためには、しっくりくる言葉で伝える必要がある。「古くからある日本語」このキーワードは使える!

今日は、高校野球部の友人の結婚式。早速、古くからの友人たちに、甘えてこようかな!



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2010年04月28日

☆☆☆☆☆「日本辺境論」内田樹著

スゴ本!!

本書の構成は、以下のとおり
1.日本人は辺境人である
2.辺境人の「学び」は効率がいい
3.「機」の思想
4.辺境人は日本語と共に


ガラパゴス化も、空気で物事が決まることも、キャッチアップだけど先頭に立つと何をすればよいのかわからないことも、常に他国を強く意識することも、建前と本音の使い分けも、昔から、日本人が持ってた特徴なんだな。

この特徴が変わるとは思えない。こういう社会/国民性であることを前提に、どう生きて行くのかを考えた方が良いですね。


タグ:内田樹
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2009年11月14日

☆☆☆  「山本七平ライブラリー「空気」の研究」山本七平著

日本の組織・社会は、空気で動く。
「空気」を固め読みのテーマにして、これまで、スゴ本「「関係の空気」「場の空気」」をはじめ、多くの空気本を読んできました。本書は、あちこちの空気本で空気本の古典として引用されていたことから、読んでみました。

本書の構成は以下のとおり
「空気」の研究
  「空気」の研究
  「水=通常性」の研究
  日本的根本主義について
「あたりまえ」の研究
 T.指導者の条件
 U.世論というものは
 V.国境をでれば
「空気」の思想史
対談 「空気」が「ドグマ」にならないために
解説 山本さんの四つの世界


「空気」を分析・読解し、変化させるための視点として、以下は覚えておきたい。

われわれは常に、論理的判断の基準と、空気的判断の基準という、一種の二重基準のにもと生きているわけである。そしてわれわれが通常口にするのは論理的判断の基準だが、本当の決断の基本となっているのは、「空気が許さない」という空気的判断の基準である。

決めているのは論理じゃないのだ。

昔から日本は空気で動いてきたが、その空気に対し、全く無抵抗だったわけではない。
明治時代までは「水を差す」という方法を、民族の知恵として、われわれは知っていた。

具体的には
ある一言が「水を差す」と、一瞬にしてその場の「空気」が崩壊するわけだが、その場合の「水」は通常、最も具体的な障害を意味し、それを口にすることによって、即座に人びとを現実に引き戻すことを意味している。

「水を差す」という行為は勇気がいる。空気を読んだ上で、おかしな方向に行きそうになったら、あえて「水を差す」。最近、この役割を担うことも時々あったなぁ〜。難しく、リスクもある役割だけど、この役割がないとおかしな方向に行ってしまう。頑張ろう。
ただ、「水を差す」だけでは、空気を壊すだけで、建設的ではない。壊した後で、次の空気を作れるか、それが課題だ。

それにしても、この表現は上手い。
日本人は「情況を臨在感的に把握し、それによってその情況に逆に支配されることによって動き、これが起こる以前にその情況の到来を論理的体系的に論証してもそれでは動かないが、瞬間的に情況に対応できる点では天才的」という意味のことを、中根千枝氏は大変面白い言葉で要約している。「熱いものにさわって、ジュといって反射的にとびのくまでは、それが熱いといくら説明しても受け付けない。しかし、ジュッといったときの対応は実に巧みで、大けがはしない」と。


指導者の条件も、今、テーマとしているチームのメンバーや他部門とのコミュニケーションに役立つ内容が書かれており、勉強になった。
しっかり話しを聞き、相手の論理に一旦のって、そこから・・・、とこの先は読んでのお楽しみということで!

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2009年02月19日

「ラーメン屋VS.マクドナルド」竹中正治著

残るは、読み終えた本が手元に4冊。
並行読みをしてると不思議に読み終えるタイミングが揃うんだよなぁ〜。でも、読んだら出来るだけ早く書かないと、読んで得たものが頭の中で悪くなる(腐っていく)ような気がして、書かないと気持が悪いんですよねぇ

【評価】☆☆☆☆
この不況に対する取り組み方の日米それぞれの違いに興味を持ち、本書を読んでみました。
日米の政治・経済等の違いを、実体験や歴史、国民性等、多くの視点から分析しており興味深い内容が多かったです。また、文章もスムーズなので、負荷なくグイグイ読み進めるのもGood!!


【目次(構成)】
1.マックに頼るアメリカ人 VS. ラーメンを究める日本人
2.希望を語る大統領 VS.危機を語る総理大臣
3.ディベートするアメリカ人 VS.ブログする日本人
4.「ビル・ゲイツ」VS.「小金持ち父さん」
5.一神教 VS.アニミズム
6.消費者の選別 VS.公平な不平等


【何を活かすか】
無理やりかもしれませんが、本書のテーマを自分の会社と他社に置き換えると・・・、てな事を考え、制度/枠組みだけを見て比較、批判するのって浅いんだなぁ〜と思いました。
組織を構成するメンバーに共通点や歴史等を踏まえ、もちろん他の組織を参考にしつつオリジナルの制度/枠組みを考えなければ、機能しないですよね。



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2008年12月03日

「ニッポン・サバイバル」姜尚中著

お勧め度晴れ晴れ

先日、慕っている上(元上)の方々と飲んだ際、勧められたのが著者の「悩む力」。それを読む前に準備運動がてら本書を読んでみました。
著者をウィキでみるとこんな人

本書は、以下の問いに関連する「みんなの声」を紹介した後、著者の考えを述べる、といった構成です。

1.「お金」を持っている人が勝ちですか?
2.「自由」なのに息苦しいのはなぜですか?
3.「仕事」は私たちを幸せにしてくれますか?
4.どうしたらいい「友人関係」が作れますか?
5.激変する「メディア」にどう対応したらいいの?
6.どうしたら「知性」を磨けますか?
7.なぜ今「反日」感情が高まっているの?
8.今なぜ世界中で「紛争」が起こっているの?
9.どうしたら「平和」を守れますか?
10.どうしたら「幸せ」になれますか?


30も半ばになると、それなりに自分で悩み、なんとなく自分なりの答えを持っている問なので、どちらかというと学生向けの本かも。

ただ、3.「仕事」は私たちを幸せにしてくれますか?
の以下の文章は共感

大学を出たけれど、就職口がなかったから仕方なく大学院に行ったのです。大学院に行っている間に博士課程まで行ってしまったから、後戻りできない。戻れないから前に進むしかない。そんなとき、たまさか幸運な出会いがあったり、偶然が働いたりして、今の仕事へとたどり着いたわけです。私にとっては、まさに僥倖でした。
大切なことは、偶然でもいいから、ある仕事と出会い、その仕事がほかならぬ”自分の仕事である”と思えるような動機づけをどうしたら獲得できるのか、ということです。最初は偶然であっても、それを自分の仕事にしていくことによって、「この仕事と自分とは何か目に見えない糸で結ばれているのかもしれない」とだんだん納得していく。仕事とはそういうものだと思います。

これからどんな出会いがあるか楽しみだ。

若いころは、そんなことは思わなかったけど、五十歳を過ぎて人生を振り返ると、それは紛れもなく人との出会いの歴史です。人生にとって、それほど人との出会いは大切なわけです。
その出会いの多くをもたらしてくれるのが仕事です。好きな仕事でも嫌な仕事でも、間違いなく誰かと出会う。その仕事の場で努力することはけっして無駄ではなく、きっとその人に、よりよい出会いをもたらしてくれるはずです。

「人との出会い」を大事にと思ってたけど、コレで良いのだと自信になった。

最後にコレ
読書を通じて得た知識を実にするには、おしゃべりはとても有益なのです。

よし!ホッピー飲みながら、おしゃべりしよう!「なっかむらや〜」ってね。

ちかいうちに「悩む力」も読んでみます。

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2008年03月26日

「キャラ化するニッポン」相原博之著

お勧め度晴れ晴れ



本書の構成は以下のとおり
序 日本中で「キャラ化」現象が起きている
1.キャラクターと日本人の精神史
2.大人も子どももキャラクターの虜
3.「私」と「キャラとしての私」
4.拡大する「キャラ化意識」
5.「キャラ」の持つ社会的存在の意味
6.消費・ブログ・ケータイ・セカイ化
終.キャラ化社会はどこへ向かうのか


前半は、キャラの分析と、日本人がキャラ好きであることの説明です。
マンガ原作のドラマの増加に対し、安易でオリジナリティがないと思っていたのですが、著者はコレを
「生身の現実世界」よりも「キャラ的現実世界」に親近感を覚える日本人の特性
と分析しているのは、新鮮でありました。

私が、本書で期待していた記述は、5.「キャラ」の持つ社会的存在の意味にありました。

以下、深く共感した文章と共に、コメントします。

最近の若者たちは、お互いにうわべのキャラを設定し、それによってコミュニケーションを行う。そのキャラと本来的な自分のキャラクターとは別のもので、だからこそ、コミュニケーションが円滑に進むというわけだ。
確かに!30前後が、キャラ化をするかしないかの分岐点では?

キャラは、本人の意志やキャラクター(人格、性格)とは関係なしに、グループのリーダー(ボスキャラ)や他の構成員たちによって、かなり恣意的に決められているのである。
自己申告は通らないようです・・・。

彼らはキャラ化することで自分の居場所を見つけ、存在証明をしているのだ。逆に言えば、キャラ化できなければその存在は社会的に消し去られてしまう。それほど彼らにとって、キャラの重要度は高いということだ。
必死だなぁ〜。多面性がある方がおもしろいと思うのですが・・。

キャラ的なコミュニケーションには、本来わかりにくいのが当たり前の内面的な人格を視覚化し、わかりやすくしようという社会的要請もあると言っていい。

キャラ化はまた、お約束のコミュニケーション手法でもある。
あらかじめ決められたキャラを前提に、フリとツッコミを繰り返し、笑いを作る。若者たちのコミュニケーションは、基本的にその繰り返しだ。
これは、コミュニケーションを常に想定内に収めるための技術だと言ってもいい。

わかりやすければ、良いのか?想定内じゃぁ、つまらなくないか???
と、つい感情的になってしまいます。ど〜やら、私、アンチキャラ化のようです。
著者は、現象を分析するにとどめ・・・、いや、ちょっとキャラ化を肯定しているようにも感じるなぁ〜。キャラクターの企画開発をしている方だから、当然っちゃあ、当然か・・。

また、エビちゃんをキャラの象徴的存在として取り上げているロジック(平面媒体に露出を絞る、生身の蛯原友里の前面に出さないことにより、「かわいい純度を高める)が興味深かったです。

付録のリア・ディゾンについての記載は、非常に面白かったです。
リア・ディゾンって、TVで観ると、違和感ありますよね?雑誌、ブログ等で既にキャラ化されてるので、我々の頭の中には、キャラとしてのリアがいるわけです。リアディゾン芸人なんてのもありました。
で、著者は、コンビニのバイトにホンモノのリア・ディゾンを感じるわけです。

おじさん、キャラ化は、好かんなぁ〜。
リア・ディゾン芸人は好きだけど・・・。





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2008年03月16日

「日本人の精神と資本主義の倫理」波頭亮 茂木健一郎

お勧め度晴れ晴れ晴れ

マッキンゼー出身のコンサルタントの波頭さんと脳科学者の茂木さんの対談形式の本です。対談なので、読み易いのですが、内容はかなり濃いです。

本書の構成は以下のとおり
1.「大衆というバケモノ」が野に放たれた
2.個性とテレビメディア
3.資本主義を生き抜くためのビジョンと総合知
4.格差を超えて


以下、私のアンテナにひっかかった箇所につき、コメントと共に引用します。

まず、茂木さんの「怒り」の使い方に、強く共感しました。

そもそも、怒りとは、差異に対する感覚の表出である。理想がある。それとはほど遠い現実がある。現実と理想の間の距離が埋めがたいものに思える時、怒りが生じる。
という前提のもと、
高校、大学を通して、私はいわゆる「怒れる若者」であった。やがて、様々な人生経験を通して、怒りはそのままでは建設に通じず、愛に変容してこそ社会のためになるのだということを学んだ。強く見える人にも弱い点があること、人生は必ずしもうまくいかないことを知った。
爾来、他人に対してや、パブリックな場では、明るい未来像、ポジティブな価値を語ることに専念している。人間の脳は、嬉しいこと、成功体験を通してこそ変わることができる。積極主義には、脳のメカニズムの裏付けがある。とりわけ、現代の日本人にとっては、ポジティブな未来を信じることに固有の意味があると信じている。

「怒り」な、何も付加価値は生まないので、外に対してはポジティブに!

最終的には愛や積極主義に着地させるということさえ決意していれば、その過程ではダメ出しや怒りがあっても良いのではないかと思ってる。
つい、「怒り」を持て余し気味になります。といって冷めきってしまうのは、何ら価値を生まない。この考え方は良いなと思うです。


また、日本固有の問題点として
「ピアプレッシャー」、つまり「ピア」(=同輩)からの「プレッシャー」(=圧力)のダイナミクスにおいて、戦後の日本社会はこれまでずっと、抜き出ようとする者の足を引っ張ることしかしてこなかった。平均値に引きずりおろす方向にばかりピアプレッシャーの力学が働いてきたのです。
茂木さん、ずいぶんと「ピアプレッシャー」に悩んできたようです。私も、関東ではあるけど田舎モンなので、このプレッシャーは強く感じて育ってきました。しんどかったなぁ〜・・・。


階層を固定化して考える必要は少しもないと思います。必要なのは、やはりcuriosity(好奇心)と感性。
うん。同感!
大人になる前から、文化的なものや科学的なものに触れる経験があるかどうかは、その人の興味や素養に大きく影響するというのは実感します。
息子、文化的なものは豊富に触れる経験をさせてるという自信はあるのですが、科学的経験というのは、まるっきり自信ないなぁ・・・。私が親だからなぁ・・・。少し意識して科学関係の経験をさせてやらねば。


レベルの高いものに対する敬意を誰かが抱き続けていかないと、分かりやすいものだけが正しいことになってしまいます。分かりにくいものの正しさやそれに対する敬意が社会から消失してしまうでしょう。

売れることは正義だとする価値軸はあってもいいけれど、それと拮抗する強力な軸が別にないといけない。

激しく共感!


この目利き力のなさも、社会にハイカルチャー、ハイサイエンスがインストールされないことが原因でしょう。

日本の賞は「この人を発見した」というファインディングのバリューを選考委員が誰一人考えていない。ほんとうは、海のものとも山のものとも知れないなかから、才能を発見してこなければならないはずなのに。

自信がないから、自分で判断出来ないんですな・・。人の評価に従うのではなく、様々な情報を元に自分で判断することを心がけてきましたが、この文章を読み。更に徹底しようと思ったです。


また、波頭さんの
お金のためでなく、やり甲斐と公益のために仕事をしても、これだけの生活はできる。カネに対して卑屈な思いをしなくても、アンフェアな企業の手先になるような仕事を選ばなくとも、毎日きちんと生活することができる。そういう働き方と生き方のモデルになりたいと思っているからなのです。という考え方は、格好いいですな。波頭さんの他の本も読んでみようかな。


西洋文化や西洋科学は、基本的に拡張的な繁栄発展の方向。上に重ねて花を開かせていく文化。それに対して、日本は削ぎ落とす分か。能にしても茶道にしても、極限まで削ぎ落とすことで、動きを極小化し、道具をミニマイズしています。
よく言われることだけど、すごくシンプルでわかり易い説明ですな。日本の文化って、いいんですよね。
でも、
外側に存在するマテリアリズムに向かって、価値の源泉が拡散してしまったために、内側にあった価値のコアが消滅してしまいました。
・・・・・。

米国のスティーブン・ジョブズを例に挙げ、米国と比較し、
コーディネートして価値を生み出すということに対するリスペクトが欠如している。モノ作りが大事だと皆、口を揃えて言うけれど、付加価値を生み出す領域で逃げているだけだと思います。

コレです!私、これまでの経験を生かし。このコーディネートで付加価値を出したいと狙っております。

統合して完成度の高いシステムを構築するスキルとインテリジェンス身につけにゃあならんです。



経済的な豊かさを求めているにもかかわらず、格差の拡大は悪であるとする論調が幅を利かせている。その愚かさに対して僕は腹が立ちます。カネが欲しいのに、格差社会を批判するのでは、まるで合理性に欠けるらら。

日本は、どっかねじれてるんですな。そのねじれは、「ピアプレッシャー」から来るのかな。


田舎には自然があるし、家は広いし、メシもうまい。普通に暮らしていく分には、これほど快適なことはない。情報もネットから取ってこられる。もし、田舎暮らしに欠けるものがあるとすれば、その一番は、先ほど述べたような人との出会いではないのか。ある種の文化、暗黙知といってもいい。暗黙知とは勘や経験に基づく知識のことですからネットでは伝えようがないのです。
私、田舎志向が強かったのですが、これを読んで、初めて田舎暮らしで足りない点に気付きました。確かに、上司や同僚、やまたけ氏やマツオ等々、多くの人と会うことで、好奇心を刺激され、ネットで情報を収集することが多いです。う〜ん・・・、ITで解決出来る部分も多いとは思うけど、出来れば会って話したいもんなぁ〜・・・。

こうして、私のアンテナに強くひっかかったコメントを引用してきましたが、全て茂木さんの発言でした。引き続き、茂木本固め読みを続けてみます。

本書、対談ということもあり、茂木さんの感情も含めたナマ声に近い内容となっているので、茂木入門には良いのでは?と思います。考えさせられる点も多く、同質化に違和感を持つ方に、お勧めの一冊です。

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